「管工機材の教科書」の歴史

投稿者:落合智貴
管工機材の教科書2026
「2026年版 管工機材の教科書」が先日完成しました。
この「管工機材の教科書」は東京管工機材商業協同組合が発行しているものです。
2019年、会計理事だった私が発起人として委員長を務め、初めて発刊されたものです。
何もないところからのスタートでしたが、管工機材のメーカーさんが所属する工業会・業界団体を一軒一軒まわり、テキストの執筆をお願いしていきました。
すべての団体に協力いただけた訳ではないのですが、15章分のテキストが集まりました。
その後東京管工機材商業協同組合の組合員の中から委員を選抜し、私を含め12名のメンバーが各工業会・業界団体を分担して担当し、テキストの中身を修正していく作業を行いました。初版完成までは何度か挫けそうになりましたが、委員の皆さんのおかげで約1年の準備期間を経て完成に至りました。
第二版の2021年版では巻末に〇×式の問題集を掲載。
執筆範囲も、排水マス・耐火二層管・銅管・ポリエチレンパイプ・排水集合管を加えて19章となりました。
第三版の2023年版では換気を加えて20章となりました。
また、管工機材業界がSDGsに貢献していることをアピールすべく、メーカー各社のSDGsへの取り組み事例の紹介ページを加えました。
合わせて、一冊当たり50円を日本水フォーラムへ寄付する仕組みも取り入れ、中東やアフリカの井戸の修繕や設置に貢献することが出来ました。
そして今回2026年版は、私が東京管工機材商業協同組合の理事長になったこともあり、私は委員会から離れ、斎藤委員長と事務局に委員会の運営をお任せしました。
今回は水道本管のダクタイル鋳鉄管と本管用バルブのページを加え、22章の大作が出来上がりました。
その他の章も内容がブラッシュアップされ、素晴らしい出来栄えになっていると思います。
斎藤委員長はじめ委員の皆様には心より感謝しております。
「管工機材の教科書」を初めて作ったときは、管材販売店の新入社員向けと思って作ったのですが、今ではメーカー様、設備工事会社様、建設会社様、水道局や自治体からもご注文が入っています。
これからも多くの方に活用いただけたら嬉しいです。

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和38~41年度(1963~1966年度)】

投稿者:落合智貴
昭和39年の東京オリンピックを契機に日本の戦後復興は着実に進んでいました。
新幹線や高速道路、様々なインフラが東京オリンピックを目標に建設されました。
池田勇人首相は経済に重きを置き「所得倍増計画」を掲げて高度経済成長の基礎を築きました。
池田首相は体調不良を抱えながら東京オリンピックを迎え、閉会式の翌日に退陣を表明し、翌年昭和40年に亡くなったそうです。

東陶特約店会
【昭和40年東陶特約店会 前列右から3人目が落合義作社長】

当社も設立以来10年以上が経過し、会社の体裁を整えつつあった時期だと思います。
創立当初50万円だった資本金は昭和40年には400万円まで増やしています。
この頃は増資によって財務体質を厚くしていくのが目標だったようです。

unnamed-file2-1024x768

untitled
昭和37年に松下電器産業の代理店になり、昭和42年5月には「落合ナショナル管工事店会」を発足させました。
松下電器産業と当社・管工事会社が三位一体で取り組もうとの決意の表れです。
鉛管の販売が主業でしたので、当時の社名は落合鉛工株式会社ですが、この頃から、東陶やナショナルなどの衛生機器・住設機器に本格的に取り組みはじめました。

パナソニック展示会 有明GYM-EXにて

投稿者:落合智貴
GYM-EX
有明にありますGYM-EX(ジメックス)で開催されたパナソニックの展示会に行ってきました。
GYM-EXは東京ビックサイトから、ゆりかもめで二駅のところにあり、2020東京オリンピックの体操競技場として使われた比較的新しい施設です。
私自身、初めての訪問となりました。
周囲に売店やレストランがないのが難点ですが、会場はほぼ正方形で天井が非常に高く、開放感のある会場でした。
管工機材・設備総合展の会場として良いのではないかと考えましたが、多くのメーカーが参加する展示会では搬入・搬出経路が狭いとのお話もありましたので難しそうです。

2月25日に見学した会場ではパナソニック一社で様々な商品が展示されていました。

【キッチン】
パナソニックキッチン

【宅配ロッカー】
パナソニック宅配ロッカー

【浴槽の美泡湯は20周年】
パナソニックマイクロバブル

人口減少時代に人が集まる企業は何が違うのか?

投稿者:落合智貴
法政大学キャリアデザイン学部の石山恒貴先生の講演を聴く機会がありました。
「人余り」から「人手不足」に転換した昨今において、企業が人に対する考え方を大きく改めなければいけないという事を実感しました。
日本は今後不可逆的に人口オーナスになります。
少し前までは高齢者や女性などを活用することで労働人口を維持していましたが、2040年には働き手が1100万人不足するとの予測もあるそうです。
“必要な人材はいくらでも調達できる”とか“若い男性に入ってほしい”といった考え方は改めなければいけないと石山先生は仰っています。
米国ギャラップ社の調査によれば、日本は「会社に対するエンゲージメンントが低く、職場のストレスは高い」そうです。
一方アメリカは「エンゲージメントが高く、ストレスも高い」。
フランスやイタリアは「エンゲージメントが低く、ストレスも低い」との事。
“日本人はまじめで苦労をいとわない”と言えば聞こえは良いですが、職場のモチベーションが上がる工夫をすれば日本はもっといい国になるかもしれませんね。

人が集まる企業は何が違うのか~人口減少時代に壊す「空気の仕組み」~
石山先生の著書「人が集まる企業は何が違うのか~人口減少時代に壊す「空気の仕組み」~」では、従来の主流な働き方である『無限定性(職種・勤務地・時間)』を変えていかなければならないと訴えています。
『無限定性』とは会社に命じられればどんな職種でも受け入れなければならないし、どこに転勤するかもわからない、仕事が終わらなければ残業もいとわないという働き方です。
今後日本の働き方の変革を遂げるには『無限定と限定中立の社会』を目指すべきである。
非正規雇用やフリーランス、あるいは企業に雇用される立場であってもプロジェクト型など自営型、これらを自由に行き来できるような働き方を企業が推進していくことを勧めています。
「エンゲージメントが高く、ストレスが低い」と働き手に思わせる会社をどう作っていくか?
これからの企業の重要なテーマを教えて頂いた気がします。

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和42~45年度(1967~1970年度)】

投稿者:落合智貴
アメリカのニクソン大統領と日本の佐藤栄作首相の合意により沖縄の日本への返還が決まったのがこの頃です。
終戦から20年以上が経ち“戦後が終わった“と感じた人が多かったのかもしれません。
日本の経済は順調に成長していました。

当社は昭和45年3月に社名を「落合鉛工㈱」から「落合住宅機器㈱」に変更しました。
当社にとっての創業事業である水道鉛管が使われなくなってきており、“鉛の時代が終わった“ということで社名を変えました。
昭和37年に松下電器産業の代理店になって以来、ナショナル製品の拡販に力を入れ、“これからは「住宅機器」の時代である”というのが当時の落合義作社長の判断だったのだと思います。素敵な住宅機器で暮らしがどんどん便利になっていく。日本人みんながそんな夢を描いていた時代だと思います。

【当時の木造の社屋前 女性社員5人】
5人-300x225

【昭和44年10月の伊東温泉社員旅行】
44年10月伊東温泉-300x225

【昭和45年2月 創立記念食事会にて】
45年2月-300x225

【落合ビル建替時の世田谷弦巻の仮事務所】
弦巻仮事務所