上野厚生労働大臣 講演

投稿者:落合智貴
6月4日に上野賢一郎厚生労働大臣の講演を聴く機会がありました。
主に社会保障制度についてのご説明がありましたので、ポイントをご報告いたします。

1, 我が国の社会保障制度
社会保障制度は、社会保険・社会福祉・公的扶助・保健医療・公衆衛生から構成され、国民の「安心」や生活の「安定」を支えるセーフティーネットの機能を果たしている。
我が国の社会福祉は、自助・共助・公助の適切な組み合わせによって形づくられている。
その中で社会保障は、国民の「安心感」を確保し、社会経済の安定化を図るため、今後とも大きな役割を果たすものである。

2, 社会保障制度を取り巻く状況
日本は人口減少局面を迎えており、2070年には9000万人を割り込む予想。65歳人口が一番多くなるのは2040年頃となる見込み。
現在、単身世帯は全体の40%を超えており、今後は高齢者単身の増加も予想される。
日本は先進7か国の中で平均寿命・健康寿命が最も長いが、健康寿命を延ばしていくことが今後の課題。
高齢者の就業率は上昇傾向にあり、65~69歳では2人に1人、70~74歳では3人に1人が働いているのが現状。
平成の30年間は人口減少の中でも就業者数は増えており、年金財政の支え手が増えているのは良い傾向である。

3, 社会保障制度と財政(給付と負担)
社会保障給付は増加傾向であり、年金63.7兆円、医療44.6兆円、福祉その他35.8兆円となっている。
負担の方は、保険料で84.5兆円(59.9%)、公費で56.6兆円(40.1%)。
現役世代の負担感が大きいのが課題である。
日本の国民負担率は45.7%であり、OECD加盟国の中では相対的に「中福祉・低負担」であると言える。

4, 持続可能な社会保障制度の構築に向けて
高齢者人口がピークを迎える2040年頃に向けて、「社会保障の担い手確保」、「攻めの予防医療を通じた健康寿命の延伸」、「現役世代の保険料負担を抑えていく取組」が必要である。

5, 中東情勢への対応
医療関係のメーカー・卸業者・医療機関等11,501事業者にから情報提供。
安定供給に影響があると判断されたのは99品目。
事業者に対しては当面の必要量に見合う量のみ発注するよう通知。
医療用手袋などは国の備蓄を放出している。

上野厚生労働大臣

オートフォーカスアイウェア ViXion

投稿者:落合智貴
老眼世代の方は、日々細かい字と格闘されていると思います。
眼鏡をつけたり外したりというのはとても煩わしいものですよね。
HOYAの技術者が独立して作ったベンチャー企業がViXion(ビクシオン)です。
ViXionが開発したオートフォーカス型の眼鏡は、人間の目の水晶体の代わりとなる特殊レンズを搭載。
水と油の層でできた液体の厚みを電気で調節する仕組みになっています。
距離センサーで計った視点の先との距離に応じて特殊レンズを自動調節し、老眼の方でも遠くも近くも自然にピントが合います。
読書など個人使用にも使えますし、最近では歯科医や工芸品の職人さん、機械操作の技術者など、幅広く使われています。
建設業界でも、字の細かい図面を見ながら現場打合せをする場合などに使えるかもしれません。
視野が狭いのが難点でしたが、最近発売された「ViXion2」は従来品の2.4倍に視野が広がりました。

VIXION

“子供のころの目に戻った“という感想をおっしゃる方も多いそうです。
スマホと同じように3時間充電すれば約15時間連続使用できます。
当社で在庫しましたので、デモ機にて体感してみてください。
いつでもご購入可能です。
当社とお取引のない方は【設備ロジス.com】にてご購入ください。

テレビ東京 ブレイクスルーで紹介されました
ブレイクスルー
ホリエモンもユーチューブで絶賛!!
ホリエモン

落合住宅機器の歴史を辿る【創業~昭和29年度(~1954年度)】

投稿者:落合智貴
戦後、GHQの占領下において、日本の新しい国づくりが進められました。
昭和26年9月8日にサンフランシスコ講和条約が吉田茂首相により調印され、昭和27年4月28日に発効されました。当社が設立されたのはこんな時代背景のころです。
サンフランシスコ講和条約

当社の創業者であり私の母方の祖父である落合義作は大正2年1月に埼玉県狭山市で生まれました。
狭山の落合家は江戸時代から続く土地持ちで、造園業などを手掛けておりました。
次男であった義作は親からもらった金で東京の初台に土地を買い、そこを住まいとしました。
その土地が平成31年まで本社だった場所です。
慶応大学経済学部を卒業後、芳沢機工という鉛工事などにかかわる会社に就職。 戦争では兵隊として中国などに行きました。 復員後、証券会社・通産省化学肥料部・小企業の共同経営などを経て、昭和25年11月に独立。
昭和27年2月19日に ㈱落合鉛工業所 を設立したのが現在の当社です。
自宅を会社とし、最初は少人数でスタートしました。
会社の庭先には社員の住込み寮も作り徐々に社員を増やしていきました。
建場(たてば)という一種の「鉄くず問屋」のようなところに行って鉛を購入し、それを鉛管メーカーで製品に替えてもらい、水道工事業者に販売する。そんなことから商売を始めました。
鉛は相場によって価格が上下する為、相場の読みも大事だったようです。
当時の朝鮮戦争の影響で鉛相場が急騰し、大きく儲けたことが創業時の勢いをつける要因になりました。

【会社発足時の定款と公証人役場の認証書が現在も残っています】
【会社発足時の定款と公証人役場の認証書が現在も残っています】

経済産業省 中東情勢関連対策ワンストップポータル

投稿者:落合智貴
イラン紛争によるホルムズ海峡の封鎖が長期化しそうな状況です。
先日はトランプ大統領と習近平国家主席の米中首脳会談が行われましたが、イラン問題解決の糸口は見えてきません。
管工機材業界においても今年の4月中旬以降、塩ビ管・接着剤・架橋ポリエチレン管などの供給不足は1ヶ月続いてしまいました。
サプライチェーンにおける各ポジションで皆様努力されていると思います。
メーカーは原料の供給不足により生産を絞っている状況です。樹脂加工工場は、一度生産を止めてしまうと再開するのに大きなコストがかかるとのことで、少なくても継続的に生産を維持したいそうです。
一次問屋は決して買い占めている訳ではなく、普段の3~4倍来る客先からの発注に対し、優先度の高い実需を選別して出荷してくれています。昨年実績を超える受注は受けられないとのスタンスをとっているところがほとんどですので、我々二次販売店もいつもと違う問屋さんに発注しても断られるケースが多いです。
我々二次販売店は少ない入荷品を緊急度の高い現場にできるだけ納品することが出来るよう尽力しており、特定の商材は倉庫がカラカラです。。
お客様には大変ご不便をおかけしておりますが、ご理解のほどお願い申し上げます。

経済産業省は「中東情勢関連対策ワンストップポータル」を設けています。
現場の状況を報告するフォームもありますので、国に伝えたいことがある方はご利用ください。
ポータルサイトによると、原油の輸入先の93.0%はホルムズ海峡に依存しているとの事。一方LNGは6.3%に抑えられているそうです。
経済安全保障の重要性が表面化したのが今回の事態だと思います。
サイトの中で、「中東情勢等を踏まえた中小企業・小規模事業者向け支援について」というページもあります。商工中金や日本政策金融公庫が融資に関する相談窓口になっているそうです。

経済産業省の赤澤亮正大臣は今回の事態への対応や、賃上げの継続的な実施が重要であるとのメッセージを動画で公表していますのでご覧ください。

赤澤大臣動画
赤澤大臣メッセージ

昭和100年記念式典に参列

投稿者:落合智貴
4月29日の昭和の日、日本武道館にて「昭和100年記念式典」が挙行されました。
大変光栄なことに、東京管工機材商業協同組合の理事長として、経済産業省のお声がけでご招待を頂き、参列させていただきました。
当日は、天皇皇后両陛下のご臨席の元、木原稔内閣官房長官の開式の辞に始まり、国歌斉唱、高市早苗首相の式辞、森英介衆議院議長・関口昌一参議院議長・今崎幸彦最高裁判所長官のご挨拶がありました。

高市首相は式辞で以下のように述べました。
「昭和は戦争・終戦・復興・高度経済成長といった未曽有の変革を経験した時代でした。日本人は歯を食いしばって働き、終戦からわずか10年で日本経済を再び立ち上がらせました。その後果敢な挑戦により世界第2位の経済規模にまで駆け上がります。令和の現在、少子化・人口減少・デフレから物価高への転換・潜在成長率の低迷・戦後最も厳しく複雑な安全保障環境といった課題があります。挑戦しない国には未来はありません。22世紀を迎えたときに『インド太平洋の輝く灯台』として世界から頼りにされる国であるように、『未来は明るい』と自信をもって言える国を創り上げていきたい。」
昭和100年武道館
首相官邸ホームページ

その後海上自衛隊東京音楽隊の演奏により、男女二人による昭和を代表する歌の披露がありました。
・上を向いて歩こう(坂本九)
・赤いスイトピー(松田聖子)
・なごり雪(かくや姫/イルカ)
・時代(中島みゆき)
・Get Wild(TM NETWORK)
・川の流れのように(美空ひばり)

最後の「川の流れのように」の演奏中には、すすり泣く声も会場内から聞こえてきました。
“苦しい時代の中で自分たちは頑張ってきたんだ“と昭和の時代に思いを馳せた人が多かったのかもしれません。
頑張った人にしか味わえない満足感とは、苦労を乗り越えなければ得られないものだと改めて感じました。

昭和100年記念式典

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和30~33年度(1955~1958年度)】

投稿者:落合智貴
昭和28年の12月に㈱落合鉛工業所(おちあいなまりこうぎょうしょ)から落合鉛工㈱(おちあいえんこう)に社名変更し、以来昭和45年3月まで16年半の間この社名を名乗っていました。
今では鉛は人体によくないということで、給水管には使われていませんが、当時の水道管は給水・排水共に鉛管が主流でした。
現在では管工機材という言葉であらゆる水回り商材を総合的に扱う販売形態が主流になっています。
しかし昭和20年代当時は鉛管屋、鉄管屋、バルブ屋、水栓屋、ポンプ屋の様に専業店に近い形が多く、販売店のお互いで商品を売り買いしていたようです。
販売の資格が東京都水道局より与えられ、当社も鉛管をスタートに各種指定販売店の資格を取りました。

昭和30年7月 東京都水道局指定鉛管販売店
昭和31年1月 東京都水道局指定銅管・ビニール管販売店
昭和31年4月 鉄管・継手類、バルブコック販売開始
昭和32年5月 水栓器具類及付属品販売開始

水道局に商品を持っていき、商品に認定の刻印を打ってもらうという仕事もあったそうです。
当時の車はオート三輪。
パイプを積むと車がひっくり返ることもあったそうです。

戦後の混乱から少し落ち着き、給水や排水のインフラを早く整えなければならない。
そんな時代の中で、現場に重たい鉛管や水道資材を運ぶ仕事は肉体労働の大変な仕事だったでしょう。
鉛管の専業販売店から管工機材の総合販売店へ移行し、売上を拡大していく。
それが当時の経営課題だったのだと思います。

オート三輪
   【昭和30年代の日本】

中東問題 慶応大 田中浩一郎教授の見解

投稿者:落合智貴
4月27日の日本経済新聞に、イラン紛争にまつわる中東問題について慶応大学の田中浩一郎教授が寄稿していました。
イランがホルムズ海峡を事実上封鎖したことで“パンドラの箱”が開いてしまった。
イランは今後も米国や国際社会と対立したときにこのカードを切る蓋然性が高まってしまった、との指摘です。
周辺国がホルムズ海峡の問題を収束させようと思うなら、イランを徹底的に叩くしかないと考える危うい状態が作り出されてしまった。
イスラエルはイランの体制存続を承服できないため、今後も手を出す可能性が高い。
中国もロシアもこの状態を力で押さえつけるつもりはなく、湾岸アラブ諸国の米国に対する信頼も失墜している。
今後米国はウクライナに侵攻したロシアや、台湾を武力統一しようとする中国にも口出しがしづらくなるであろう、とのことです。
田中浩一郎慶大教授
田中教授の見解通りであれば、ホルムズ海峡が元通りになることは絶望的です。
イランが消滅するほどのことは考えにくいですし、米国はともかくイスラエルがおとなしくしているとも思えません。
トランプ大統領が下した“イランへの攻撃”という判断が世界を大きな混乱に向かわせてしまったと言えます。
原油の流通がスムーズにいかなくなれば、世界の経済は壊滅的になるでしょう。
そんなことにならないよう、各国の首脳は自制をもって政治判断をしてほしいと願います。

イラン戦争の影響による商品供給について

投稿者:落合智貴
イラン戦争の影響によりホルムズ海峡が事実上封鎖され、原油の供給に懸念が広がっています。管工機材業界では4月13日以降、接着剤や塩化ビニル製品を皮切りに様々な製品の供給不安が起きています。メーカーが供給を絞り、ユーザーや流通業が購入量を増やすという事が同時に起こったために急速に需給がひっ迫したものと思われます。
メーカーは前年実績を超える発注には制限を掛け出したところが多いです。
実需を超える過剰な発注は控えるように業界全体で協力していく必要があると思います。
この1週間で入ってきた情報は以下の通りです。
お客様には大変ご迷惑をお掛け致しますが、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。

●クボタケミックス
4月13日以降、新規受注停止。4月21日より5月度納品分の受注を再開する予定であるが、前年度実績を基準として個別に供給量を調整。5月7日より10~30%製品値上げ。
●東日本セキスイ商事
4月13日より出荷制限
●アロン化成
一部の製品で生産中止。5月7日より5~15%以上製品値上げ。
●東栄管機
4月中のヴァンテック塩ビ管の入荷停止。継手は4月15日以降、当日配送を中止。供給量は前年実績に達した場合は調整する可能性あり。
●オンダ製作所
6月1日より10%以上製品値上げ。
●TOTO
4月13日よりシステムバス・ユニットバス受注見合わせ。4月15日に受注再開するも納期は未定。
●LIXIL
システムバスは4月14日以降発注分は納期未定。キッチン・洗面化粧台は受注上限を設定。トイレ・水栓・電気温水器は過度な発注及び仮発注は制限。

【当社の塩ビ管は普段なら棚一杯に在庫していますが、残りが少なくなっております】
パイプ棚

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和34~37年度(1959~1962年度)】

投稿者:落合智貴
昭和32年2月に就任した岸信介首相の最大の課題は日米安保条約改定でした。
昭和35年のいわゆる「60年安保闘争」の末、6月に新安保条約成立と引き換えに岸首相は退陣します。
戦争の記憶がまだ強く残っている時期で、戦争はこりごりだという多くの国民の声。
現実的に日本をどう防衛し、平和な社会をどう作っていくかというイデオロギーの対立。
そういったものが複雑に絡み合い、様々な人たちが日本のあり方を真剣に考える、そういう時代だったのだと思います。

当社は昭和37年4月に松下電器産業(現パナソニック)と代理店契約を結びました。
「ナショナル」のブランドで電気器具を中心に製造していた松下電器は街の家電店を「ナショナルショップ」として育成し、家電の売り上げを拡大していました。
家電業界で業績を伸ばしてきた松下電器が管材業界に目を付けたのがこの頃です。
当社は松下電器の代理店に管材業界として初めて選ばれた数社のうちの一つであり、当社の落合義作創業者はそれを大変誇りに思っていました。
松下電器の代理店であることが対外的な信用に大きくつながるんだとよく話していました。
松下電器のポンプや浄化槽、東洋陶器(現TOTO)の衛生陶器などの販売を始め、商材を広げ始めたのが昭和37年頃からだったようです。

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【経営の神様 松下幸之助。松下イズムは当社の経営理念にも大きく影響しています】

不動産Gメン

投稿者:落合智貴
当社が初台にあった頃、会社を1階に構え、2階から7階まで18所帯の賃貸マンションを所有・管理していました。
マンションの名前は「ベルフラワーコーポ」。
落合家の家紋が“桔梗”であるところから、その英名をマンション名にしていました。
昭和48年(1973年)に建てられ、令和元年(2019年)まで46年間使用し、今の中野区に移転の際に売却しました。
今は解体され、新たな賃貸マンションが建っています。
ベルフラワーコーポを運営していたころにマンション管理や募集をお願いしていたのが㈱光文堂インターナショナルさんです。
今はご子息が社長を引き継いでいますが、彼は今ネット界隈でブレイクしています。
お名前は滝島一統さん。
オリンピックを必ず現地で応援することで“オリンピックお兄さん”とも言われていた彼は数年前から“不動産Gメン”という異名でユーチューブをはじめました。
投資用ワンルームマンションで損失を抱えた方の相談に乗る形で悪質業者への注意喚起を行う番組です。
時々リフォーム現場を解説するなど当社の業態との関連も大きい内容になっています。
今ではユーチューブのフォロワーが70万人近くに行っているので、ご存じの方もいるかもしれません。
テレビ番組にも専門家として時々登場し、有名タレントさんとの掛け合いも上手にこなしています。
先日出版記念の講演会がありましたので久しぶりにお会いしました。
滝島さんとは親同士が幼馴染という事もあり、長い付き合いになります。
これからどこまで有名になるか?期待しています!!

【新著 得する不動産バイブル「ハンコ押す前に読む本」 を頂きました】
不動産Gメン滝島

「管工機材の教科書」の歴史

投稿者:落合智貴
管工機材の教科書2026
「2026年版 管工機材の教科書」が先日完成しました。
この「管工機材の教科書」は東京管工機材商業協同組合が発行しているものです。
2019年、会計理事だった私が発起人として委員長を務め、初めて発刊されたものです。
何もないところからのスタートでしたが、管工機材のメーカーさんが所属する工業会・業界団体を一軒一軒まわり、テキストの執筆をお願いしていきました。
すべての団体に協力いただけた訳ではないのですが、15章分のテキストが集まりました。
その後東京管工機材商業協同組合の組合員の中から委員を選抜し、私を含め12名のメンバーが各工業会・業界団体を分担して担当し、テキストの中身を修正していく作業を行いました。初版完成までは何度か挫けそうになりましたが、委員の皆さんのおかげで約1年の準備期間を経て完成に至りました。
第二版の2021年版では巻末に〇×式の問題集を掲載。
執筆範囲も、排水マス・耐火二層管・銅管・ポリエチレンパイプ・排水集合管を加えて19章となりました。
第三版の2023年版では換気を加えて20章となりました。
また、管工機材業界がSDGsに貢献していることをアピールすべく、メーカー各社のSDGsへの取り組み事例の紹介ページを加えました。
合わせて、一冊当たり50円を日本水フォーラムへ寄付する仕組みも取り入れ、中東やアフリカの井戸の修繕や設置に貢献することが出来ました。
そして今回2026年版は、私が東京管工機材商業協同組合の理事長になったこともあり、私は委員会から離れ、斎藤委員長と事務局に委員会の運営をお任せしました。
今回は水道本管のダクタイル鋳鉄管と本管用バルブのページを加え、22章の大作が出来上がりました。
その他の章も内容がブラッシュアップされ、素晴らしい出来栄えになっていると思います。
斎藤委員長はじめ委員の皆様には心より感謝しております。
「管工機材の教科書」を初めて作ったときは、管材販売店の新入社員向けと思って作ったのですが、今ではメーカー様、設備工事会社様、建設会社様、水道局や自治体からもご注文が入っています。
これからも多くの方に活用いただけたら嬉しいです。

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和38~41年度(1963~1966年度)】

投稿者:落合智貴
昭和39年の東京オリンピックを契機に日本の戦後復興は着実に進んでいました。
新幹線や高速道路、様々なインフラが東京オリンピックを目標に建設されました。
池田勇人首相は経済に重きを置き「所得倍増計画」を掲げて高度経済成長の基礎を築きました。
池田首相は体調不良を抱えながら東京オリンピックを迎え、閉会式の翌日に退陣を表明し、翌年昭和40年に亡くなったそうです。

東陶特約店会
【昭和40年東陶特約店会 前列右から3人目が落合義作社長】

当社も設立以来10年以上が経過し、会社の体裁を整えつつあった時期だと思います。
創立当初50万円だった資本金は昭和40年には400万円まで増やしています。
この頃は増資によって財務体質を厚くしていくのが目標だったようです。

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昭和37年に松下電器産業の代理店になり、昭和42年5月には「落合ナショナル管工事店会」を発足させました。
松下電器産業と当社・管工事会社が三位一体で取り組もうとの決意の表れです。
鉛管の販売が主業でしたので、当時の社名は落合鉛工株式会社ですが、この頃から、東陶やナショナルなどの衛生機器・住設機器に本格的に取り組みはじめました。

パナソニック展示会 有明GYM-EXにて

投稿者:落合智貴
GYM-EX
有明にありますGYM-EX(ジメックス)で開催されたパナソニックの展示会に行ってきました。
GYM-EXは東京ビックサイトから、ゆりかもめで二駅のところにあり、2020東京オリンピックの体操競技場として使われた比較的新しい施設です。
私自身、初めての訪問となりました。
周囲に売店やレストランがないのが難点ですが、会場はほぼ正方形で天井が非常に高く、開放感のある会場でした。
管工機材・設備総合展の会場として良いのではないかと考えましたが、多くのメーカーが参加する展示会では搬入・搬出経路が狭いとのお話もありましたので難しそうです。

2月25日に見学した会場ではパナソニック一社で様々な商品が展示されていました。

【キッチン】
パナソニックキッチン

【宅配ロッカー】
パナソニック宅配ロッカー

【浴槽の美泡湯は20周年】
パナソニックマイクロバブル

人口減少時代に人が集まる企業は何が違うのか?

投稿者:落合智貴
法政大学キャリアデザイン学部の石山恒貴先生の講演を聴く機会がありました。
「人余り」から「人手不足」に転換した昨今において、企業が人に対する考え方を大きく改めなければいけないという事を実感しました。
日本は今後不可逆的に人口オーナスになります。
少し前までは高齢者や女性などを活用することで労働人口を維持していましたが、2040年には働き手が1100万人不足するとの予測もあるそうです。
“必要な人材はいくらでも調達できる”とか“若い男性に入ってほしい”といった考え方は改めなければいけないと石山先生は仰っています。
米国ギャラップ社の調査によれば、日本は「会社に対するエンゲージメンントが低く、職場のストレスは高い」そうです。
一方アメリカは「エンゲージメントが高く、ストレスも高い」。
フランスやイタリアは「エンゲージメントが低く、ストレスも低い」との事。
“日本人はまじめで苦労をいとわない”と言えば聞こえは良いですが、職場のモチベーションが上がる工夫をすれば日本はもっといい国になるかもしれませんね。

人が集まる企業は何が違うのか~人口減少時代に壊す「空気の仕組み」~
石山先生の著書「人が集まる企業は何が違うのか~人口減少時代に壊す「空気の仕組み」~」では、従来の主流な働き方である『無限定性(職種・勤務地・時間)』を変えていかなければならないと訴えています。
『無限定性』とは会社に命じられればどんな職種でも受け入れなければならないし、どこに転勤するかもわからない、仕事が終わらなければ残業もいとわないという働き方です。
今後日本の働き方の変革を遂げるには『無限定と限定中立の社会』を目指すべきである。
非正規雇用やフリーランス、あるいは企業に雇用される立場であってもプロジェクト型など自営型、これらを自由に行き来できるような働き方を企業が推進していくことを勧めています。
「エンゲージメントが高く、ストレスが低い」と働き手に思わせる会社をどう作っていくか?
これからの企業の重要なテーマを教えて頂いた気がします。

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和42~45年度(1967~1970年度)】

投稿者:落合智貴
アメリカのニクソン大統領と日本の佐藤栄作首相の合意により沖縄の日本への返還が決まったのがこの頃です。
終戦から20年以上が経ち“戦後が終わった“と感じた人が多かったのかもしれません。
日本の経済は順調に成長していました。

当社は昭和45年3月に社名を「落合鉛工㈱」から「落合住宅機器㈱」に変更しました。
当社にとっての創業事業である水道鉛管が使われなくなってきており、“鉛の時代が終わった“ということで社名を変えました。
昭和37年に松下電器産業の代理店になって以来、ナショナル製品の拡販に力を入れ、“これからは「住宅機器」の時代である”というのが当時の落合義作社長の判断だったのだと思います。素敵な住宅機器で暮らしがどんどん便利になっていく。日本人みんながそんな夢を描いていた時代だと思います。

【当時の木造の社屋前 女性社員5人】
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【昭和44年10月の伊東温泉社員旅行】
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【昭和45年2月 創立記念食事会にて】
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【落合ビル建替時の世田谷弦巻の仮事務所】
弦巻仮事務所

HVAC&Rジャパン2026 を見学 (その2)

投稿者:落合智貴
日本冷凍空調工業会主催の「HVAC&Rジャパン2026」のご報告(その2)です。
空調機メーカー以外にも配管部材や工具関係の展示も多くありました。
その一部をご紹介します。

アサダのゲージマニホールドはデジタル品も発売されています
アサダ

ベンカンの銅管用継手はモルコタイプの圧着式
ベンカン

MaruTrapはエアコン冷媒配管の穴にパテを使わないシート状の商品をPR
MARUTRAP

HVAC&Rジャパン2026 を見学(その1)

投稿者:落合智貴
日本冷凍空調工業会主催の「HVAC&Rジャパン2026」が東京ビッグサイトで1月27日~30日に開催されました。
空調メーカーや空調にまつわる資材のメーカーが一堂に会する2年に一度のビックイベントです。
外国メーカーの出展や外国人客の来場も多く見受けられました。
省エネ技術など日本が牽引している業界だと改めて感じました。

ダイキンは大空間向けマルチジェットを展示
ダイキン
パナソニックはナノイーX搭載の機種をアピール
パナソニック
日立はR32冷媒のビル用マルチエアコンを強調していました
日立

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和46~48年度(1971~1973年度)】

投稿者:落合智貴
佐藤栄作総理が長期政権を終え、田中角栄が若くして首相に上り詰めたのがこの頃です。
時代はまさに高度経済成長の進行中でした。

創業以来当社の本社は木造平屋であり、社長自宅と社員寮を兼ねてやっていたそうです。
創業して約20年が経ち、ようやく鉄筋コンクリートの本社ビルを建てようということになりました。
当時は新宿の高層ビルも京王プラザホテルや住友ビルなどが初めて建ったころであり、当社のビルが7階建てですので、周りと比べるとかなり大きく感じたと思います。
日本はまだまだ住宅の供給が足りず、賃貸住宅併用の本社を作ったのは時機を得た決断だったと思います。
1階に事務所兼倉庫を構え、2階から7階を18所帯の賃貸マンションにしました。
これが令和元年(2019年)まで本社だった初台の落合ビルです。
賃貸マンションの名前は「ベルフラワーコーポ」。
落合家の家紋が「桔梗(ききょう)」であることからその英名が付けられました。
【新築当時の落合ビル】
落合ビル
【私の父(右)は昭和46年に入社しました】
社長と専務

落成式看板
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落成式
昭和48年(1973年)の落合ビルの落成式には多くの来賓が詰めかけ、落語家の方を呼んでの催しもあったそうです。
創業者の落合義作社長にとっては誇らしい瞬間だったのではないかと思います。

法政大学 田中研之輔先生【IX LIVEの収録を見学】

投稿者:落合智貴
“就労困難者の大活躍時代をつくる”をビジョンに掲げ、社会性と経済性の両立に挑戦しているスタートアップ企業がVALT JAPANという会社です。
デジタル業務に特化した就労支援事業所「NEXT HERO DIC」などを運営しています。
その会社のユーチューブチャンネルが「IX LIVE」です。IXとは“インクルーシブ・トランスフォーメーション“の略で、”性別や障害の有無などにとらわれず、多様な個性を包括する社会を目指す“といった意味になるかと思います。
VALT JAPANの小野貴也代表(写真中央)が各種専門家にインタビューする形で番組が構成されています。

1月29日に行われたIX LIVEの収録では法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔さん(写真左)がゲストでした。
私が田中先生の著書「プロティアン」を愛読していた関係で、VALT JAPANの方からお誘いいただき、収録を見学させていただきました。

IXLIVE
「プロティアン(日経BP社)」は“70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術”とのサブタイトルがついています。
昭和の時代は入社した会社で定年まで過ごすというのが成功の方程式でした。
会社が命じる業務や勤務地で働く、すなわちキャリア形成の主導権は企業が握っていたという事になります。
しかし今では多様な働き方が当たり前になっており、転職が多いのはもちろん、副業を認める企業も多くなっています。
田中先生は著書の中で“キャリアを組織に預けるのではなく、自分でデザインしていくのが大事”であると述べています。
他者との良好な関係性を増やし、豊富な経験によってキャリア資本を積み重ねていくのが大切、との事。
やらされる仕事よりも主体性的に考えてやる仕事の方が楽しめると改めて感じました。
“自分の将来にワクワクしない”と感じている方がいたら是非読んでほしい一冊です。

プロティアン

2026.1 工具展を開催!!

投稿者:落合智貴
例年11月か12月くらいに開催しておりました、当社工具展ですが、今回は1月21~22日の二日間開催しました。
マキタ、ハイコーキ、海王、ボッシュ、因幡電工の各社にご出展頂きました。
約140万円の売上となりました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました!!

【ボッシュ】
ボッシュ

【海王】
海王

【その他 消耗品】
三金

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和49~51年度(1974~1976年度)】

投稿者:落合智貴
第一次、第二次オイルショックの影響を受けたのがこの頃です。
トイレットペーパーをスーパーで奪い合う当時のシーンをテレビなどで見ることがありますが、石油の値上がりによって管材業界で特に大きな影響を受けたのがビニール管の供給です。
ビニール管の買い占めや売り渋りなどが発生し、商売倫理が問われた事件でした。
お客様に「オイルショックの時に売ってくれた」と感謝されるか、「オイルショックの時に売ってくれなかった」といつまでも悪口を言われるか。おそらく業界各社でいろんな反省があったのだろうと思います。

【当時の正月の集合写真】

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落合忠氏と藤原氏
当社は松下電器産業の代理店としての地位を大切にし、高度経済成長の波に乗って着実に売り上げを伸ばしていました。昭和51年度の売上は初めて6億を超えました。当時の通貨価値を考えると今の6億円よりはもっと忙しかったんだと思います。

松下幸之助
写真は松下電器産業の代理店会「昭和51年度ナショナル住設共栄会」でのものです。
前列中央にはパナソニックの創業者であり「経営の神様」とも称される松下幸之助氏。
最後列中央の背の低い人が当社の落合義作社長です。
歴史上の人物と一緒に写った貴重な写真です。

東京管工機材商業協同組合 2026賀詞交歓会

投稿者:落合智貴
1月7日に東京ドームホテルで東京管工機材商業協同組合の賀詞交歓会が開催されました。
私が理事長になって2回目の賀詞交歓会です。
理事長挨拶の抜粋を下記にご紹介いたします。

新年あけましておめでとうございます。
昨年の賀詞交歓会で「日本は徳川幕府の崩壊以来、40年周期で成長と衰退を繰り返している。2025年はこれから40年間続く、上り坂のスタートになるのではないか?」というお話をしました。日経平均株価がバブル以降4万円を突破するまで35年かかりましたが、昨年2025年には女性初の高市首相の誕生をきっかけに、わずか1年半で4万円から5万円まで上昇しました。デフレからインフレへの転換、金利のある世界、人余りから人手不足へ、そしてAIの発展と、時代は大きく変化しています。今後40年、日本初の新たな技術やサービスが多く生まれ、世界における日本の相対的価値が高まっていくことを期待したいと思います。
管工機材関連においては、昨年1月の埼玉県八潮市の下水道陥没事故に象徴される上下水道インフラの老朽化や、昭和50年代に建てられたビルや住宅が続々と築50年を超えていくなど、建替需要・更新需要は加速していくと思います。人手不足は今後も続き、施工会社も、販売会社も、人材の確保・育成がしっかりできなければ、企業を存続することが難しいとさえ言えると思います。
組合の状況は、昨年8月に行われました「第57回管工機材・設備総合展」は150団体・361コマのご出展、18,671名のご来場といずれも過去最高水準となりました。「受付事前登録制」や「就職イベント」など初めての試みにもチャレンジいたしました。
「2026年版管工機材の教科書」は本年3月完成予定で、ダクタイル鋳鉄管やバルブなど水道本管のページを新たに加える予定です。
ホームページ刷新では、工事会社様が現場近くの管材店を探す時に便利なMAPを搭載する予定です。
組合員数の減少による収入減と諸費用の物価高騰によって、組合財政は大変厳しいものとなっており、比較的安全性の高い「国債」や「メガバンクの社債」などに限定した運用を開始。組合の年会費は正会員様においては、各支部バラバラだった会費を統一し、さらに本部と支部が別々に徴収していた会費を本部一括徴収する予定。賛助会員様においては、加入口数に応じたメリットが出せるような方法へ変更します。いずれも令和8年度より、若干の値上げをお願いしたいと考えております。
第一支部と第三支部の合併について、今年4月の合併が決定。支部の名称については、合併支部を「第一支部」とし、第三支部は欠番となります。支部が3支部体制になるのは58年ぶりとなります。青年部の統合につきましては、各支部青年部会長さまと協議を重ね、4支部統合で合意はいたしましたが、どのような体制にするかまだ結論が出ておりません。
当組合の第11代理事長であります、コーザイ株式会社の小泉久則会長が12月19日ご逝去されました。そのほか昨年は、副理事長経験者も含め、我々に永年ご指導くださった諸先輩方がお亡くなりになられております。管工機材業界にご貢献頂いた皆様に、感謝と敬意を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。来年2027年は組合創立80周年となります。他界された諸先輩に恥ずかしくない、立派な業界にしていきたいと思います。
令和8年が、ご列席の皆様に取りまして健康ですばらしい年になることを祈念致します。

【片山さつき財務大臣にもご臨席賜りました】
片山さつき

謹賀新年 2026

賀正2026
新春を迎え皆々様のご多幸をお祈り申し上げます。
旧年中は格別のご厚情を賜り誠に有難うございました。
建設需要は旺盛なものの、資材の高騰や人手不足が目下の課題と言われております。
お客様がスムーズにお仕事に取り組めるよう一層尽力して参ります。 
今後とも社員一同益々努力していく所存でございます。
本年も何卒ご指導を賜ります様宜しくお願い申し上げます。

令和八年 元旦
落合住宅機器株式会社  
代表取締役社長 落合智貴

岐阜プラスチック工業のショールーム

投稿者:落合智貴
当社が扱っている塩ビ管継手メーカーの東栄管機は10年ほど前に岐阜プラスチック工業のグループになりました。
岐阜プラスチック工業は「リス」ブランドで同じく塩ビ管継手を作っていましたが、統合しました。
先日、東京の竹芝にあるショールームを見学させていただきました。

岐阜プラスチックグループでは食品トレーや物流器具などの樹脂製品に強みを持っています。
ショールームではコンビニやスーパーでよく見かける透明の容器や、物流パレット・樹脂ケースなどが展示されていました。
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東栄管機のコーナーではおなじみの塩ビ管継手のほか、農業ブランド「恵水」で開発された“ナノバブル発生装置”が展示されていました。
ナノバブルを発生させた水を農業に使うと、作物の育成が早くなるというメリットがあり、普及活動に尽力されているそうです。
東栄管機2

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和52~54年度(1977~1979年度)】

投稿者:落合智貴
巨人の王貞治が756号ホームランを打ったのが昭和52年(1977年)でした。その頃は夜のテレビと言えば巨人戦を見ていた家庭が多かったのでしょう。職場でも前夜の巨人戦の話題が多かったのだと思います。当社でも松下電器産業とその代理店で草野球のリーグ戦をやっていました。私も小学生のころよく父がピッチャーをやっているその試合を応援に行きました。当時は社員の平均年齢も若く、野球チームができたんですね。今では9人そろえるのは至難の業です。

【落合住宅機器のユニフォームはこんな感じでした】
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【当時の落合義作社長 初台旧本社の社長室】
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当社は昭和48年に本社を建替え、新しい事務所での仕事に慣れてきた頃でしょうか。
当時の写真をみるとモノが少ないと感じます。パソコンもなく書類も少なくスッキリした印象があります。電話も全員にはなかったかもしれません。50年近くの時間が流れ、仕事の仕方も大きく変わったことを実感します。

AIの台頭により配管工に注目?!

投稿者:落合智貴
AIの進化が日進月歩の勢いです。
簡単な調べものならスマホでもAIがある程度のことは教えてくれる時代になりました。
最近よく言われていることが、知的労働がAIにどんどん置き換わっているという事。
弁護士や税理士、イラストレーターやデザイナーの仕事も多くはAIで代替可能になってきました。
12月4日の日本経済新聞では「会計士→配管工 給与3倍 変わる米国の職業観」というタイトルの記事がありました。
アメリカでは知的労働者がオフィスを去り、職業訓練校で配管工や空調設備などの技術をリスキリングする人が増えているそうです。
紹介されている方は月給190万円で会計士時代の3倍になったとか。
日本でも設備工事会社の職人が減っているとよく聞きます。
職業訓練校の設備関連の学科でも生徒が集まらない状況が長く続いています。
「配管工は稼げる仕事である!!」というイメージが広がり、夢のある職業だと多くの方が認識する状況になるといいですね。
配管工

落合住宅機器の歴史を辿る【昭和55~57年度(1980~1982年度)】

投稿者:落合智貴
昭和57年2月19日の金曜日、会社創立30周年の当日に新宿の京王プラザホテルで「創立30周年記念式典」を行いました。当時私は小学5年生でしたので出席していませんが、カセットテープの音声と写真のアルバムが残っています。お得意様や仕入先様など200名以上が集まり立食形式のパーティーでした。

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中山隆博専務(私の父です)が司会を務め、落合義作社長(私の祖父)が挨拶。
ご祝辞として当時のお客様代表の千代田設備工業の横田社長様、仕入先様代表で松下電器産業の藤岡所長様のご挨拶。橋本総業の橋本政雄社長様が乾杯のあいさつをしました。
パーティーの余興として3名の歌手に歌を披露していただき、中締めはお客様の細谷工業の細谷社長様に務めていただきました。

創業者にとって30周年は大きな区切りであったと思います。戦後の混乱期に鉛クズを集めて、鉛管に替え、水道屋さんに鉛管を売るところから事業が始まりました。戦後の高度経済成長に乗り、この当時で従業員17名。売上高を10億円に初めて乗せたのがこの年でした。
創業者の落合義作は慶応大学時代の同級生が皆一流企業に就職し活躍しているのに負けたくないという気持ちが強かったようです。30年間で会社の基礎を作り、後継者を育て、事業が永く安定して経営できる基盤を作り上げた感慨はひとしおだったかと思います。
あれから40年以上。70周年を超えてなお事業は存続しています。
日々コツコツと仕事をしてきた従業員の皆さんの努力も忘れてはなりません。
会社の基礎を作った先人たちに感謝したいと思います。

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【前列に着席しているのが役員 後列以降が会社の創業期を支えた社員の皆さん】

ダイキンショールームにて「主力メーカー商品説明会」を開催

投稿者:落合智貴
当社主催の「主力メーカー商品説明会」をダイキン工業のショールーム「フーハ東京」をお借りして11月21日に開催しました。

1, パナソニック「壊さず新しく パナソニックがご提案するリフォームの新発想」
2, ハウステック「贅沢浴室、サウナ、キッチンマルーレ」
3, 因幡電工「省施工吊りバンド ホールドワン、便利なサドル、リフォームダクトJD」
4, ダイキン工業「省エネと快適の実現 エアコン最新情報」
5, 前澤化成工業「塩ビ集合管ビニコア、伸長通気関連製品」
6, プラスバイプラス「CADから原価管理まで KANAMEで経営課題を解決!」

フーハ東京のある新宿NSビルにはハウステックのショールームもあり、見学しました。
サウナ付きユニットバスが印象的でした。
ハウステック

ダイキン工業「フーハ東京」はルームエアコンコーナーと業務用エアコンコーナーの2班に分かれてご見学頂きました。
ご来場いただいた皆様ありがとうございました。
ダイキン

パナソニックハウジングソリューションズがYKKに売却

投稿者:落合智貴
11月17日、YKKとパナソニックハウジングソリューションズ(以下PHS)の共同記者会見が行われ、パナソニックの100%子会社であるPHSの株式80%をYKKが取得すると発表されました。

【YKKAPの堀秀充会長(左)とパナソニックハウジングソリューションズの山田昌司社長(右)】
パナソニックYKK
YKKAPはYKKグループの中で窓やサッシに強みをもつ建材メーカーであり、PHSはバス・キッチン・トイレ・内装建材などに強みを持つ会社です。PHSは旧松下電工の事業を源流としています。
記者会見の中でYKKAPの堀会長は約1年前(2024年)にパナソニック側から株式売却の提案があったと述べ、省エネ・IOT・リフォーム対応などYKKAPが得意ではない事業を手に入れることがメリットであると説明しました。窓や外構を得意とするYKKAPと住宅設備など内装を得意とするパナソニックには重複事業が少なく、今後は住宅資材の70~80%を提供できる会社になると発言。YKKAP5616億円、PHS4795億円の合計1兆0411億円を10年後には1兆5000億円に伸ばしたいと目標を掲げました。
PHSの山田社長は、YKK創業者の吉田忠雄とパナソニック創業者の松下幸之助は理念が似ており、カルチャーの親和性が高く、販売ネットワークやYKKの海外工場での生産協力などシナジーを活かしてソリューションを提供したいと強調しました。パナソニックのブランドは維持し、人員整理も行う予定はないとの説明もありました。

ここからは個人的な感想です。
パナソニックの住設事業は従来、松下電器産業と松下電工という源流を同じくする会社が重複する事業でライバルとして競い合っていました。その後「ナショナル」ブランドを「パナソニック」ブランドに統一し、パナソニック電工に会社を統合し、その後パナソニックの一事業部であった時期を得て、パナソニックハウジングソリューションズ(PHS)という独立子会社になった経緯があります。組織が変わるたびに社員の帰属意識や一体感が薄れ、現場から気持ちが遠のいているのが私の印象です。今回のYKKグループ入りに関しても、パナソニックブランドを維持するのであれば何のための株式譲渡かが良く理解できません。
一方YKK側の戦略ですが、記者からのYKKAP堀会長への質問で、TDY(TOTO・大建工業・YKKAP)とのアライアンスはどうなるか?というのに対し、“TOTO・大建への説明はこれからである“との回答でした。”パナソニックもTDYアライアンスの中に入れたい“との発言もありましたが、パナソニックのアラウーノやビューティートワレといったトイレ事業でTOTOと競合する状況をどう整理していくのかは見通せません。
今後の動きに大いに注目していきたいと思います。

日栄インテック エンビレスシリーズ

投稿者:落合智貴
11月15日、東京ビッグサイトで開催された「2025みらい市」を見学しました。
日栄インテックでは「エンビレスシリーズ」を展示していました。
ステンレスや銅管の配管に使う支持金具は電食を防ぐために“デップ“と呼ばれる樹脂素材をまいた支持金具が使われています。
日栄インテックで販売しているオレンジ色の“耐熱100”はデップの耐熱温度を100℃まで高めた商品です。
今回はさらに水用に使えるブルーの製品も発売しました。
“耐熱100”が従来の“デップ“よりも配管のスベリが良く施工しやすいと好評だったため、ブルーの水用も発売したとのことです。
日栄インテック