落合住宅機器の歴史を辿る【平成15年度(2003年度)】

投稿者:落合智貴
中国の急成長が目立ってきたのが2003年頃でした。
また、アメリカの住宅市況も好調で世界経済は良好でした。
もっとも今となってはアメリカのサブプライムローンが理由だったと分かります。

当社はパソコンによる在庫管理を始めて3年がたち、ようやく発注のルールが確立してきた所でした。
この頃から在庫発注は新人営業マンの仕事になり、社員育成のツールとして今でも大きな役割を果たしています。
会社の創業期から当社を支えていた社員が引退の時期を迎え、世代交代をしっかりと進めていかなければならなかったのですが、実際は間に合っていなかったというのが正直なところです。
社員の採用と育成というのが当時の最重要課題であったと言えます。

平成15年の4月から9月まで、私は都立品川技術専門校(現 都立城南職業能力開発センター)の配管科の生徒として通学しました。
半年間の訓練では、塩ビ・鉄管・銅管の基本的な切断と接合を実習したり、設備に関する手書き図面の作成、模擬家屋による設備の設計と施工 といった事を経験しました。
配管材料を販売する当社では社員が施工の実践を経験する機会はまずありませんので大変よい機会になりました。
施工をするお客様のご苦労を体感出来たのは大きな収穫でした。

untitled
【都立品川技術専門校の配管実習の作品前にて。昼間は学校、夜に会社と体はきつかったですが、当時はまだ32歳。なんとか若さで乗り切りました。】

複雑な世界をどう生き抜くか?

投稿者:落合智貴
ロルフ・ドベリ著「Think clearly」を読みました。生きていると嫌なことも多いですし、自分が幸福でないと感じている人も多いのではないでしょうか。この本では複雑な世界をどう生き抜いていくかを“思考の道具箱”として52個示し、よい人生を送るために日々どう考えていけばよいかを教えてくれます。私が特に共感できた項目をご紹介します。

シンククリアリー

1、考えるより、行動しよう
文章を書くときに、アイデアは「考えているとき」ではなく「書いている最中」に浮かぶものである。長く思い悩んで「思考の飽和点」に達したらこれ以上考えても意味がない。人生において自分が何を求めているかを知るには、何かを始めてみるのが一番である。

12、本音を出しすぎないようにしよう
「オープンな人」は親密で心地よく付き合いやすいが、極端にオープンな場合は周囲に不快感を与えてしまう。自分の心の内を語っても尊敬は得られない。口にした約束を果たすからこそ尊敬される。アイゼンハワーは「二番目の人格」を作り上げた。

13、ものごとを全体的にとらえよう
特定の事について集中して考えている間はそれが人生の重要な要素のように思えても、実際にあなたが思うほど重要なことでもなんでもない。マイアミビーチに住んだり、億万長者になったりすることで幸福度がアップするとは限らない。3歳の子供が目の前のおもちゃを取り上げられて泣き叫ぶようにではなく、広角レンズを通して自分の人生を眺めよう。

16、自分の向き不向きの境目をはっきりさせよう
ウォーレン・バフェットは「能力の輪」と表現しており、大事なのはその輪の境界がどこにあるかを見極めることである。魅力的な仕事であっても「能力の輪」の範囲外の仕事だったら断るのが良い。ひとつでも素晴らしい能力があれば、欠点がいくつあろうと帳消しになる。

34、解決よりも、予防をしよう
経営破綻しかけた企業の再建はメディアにもてはやされるものである。しかしもっと高く評価されるべきは企業再生が必要な状況に陥ることを未然に防いでいるマネージャーの方である。個人においてもあなたの人生で起こりうる「大きなリスク」について集中して考える時間をもつべきである。

39、「心の引き算」をしよう
今あなたは幸せを感じているか?目を閉じて、今の状況から右手を失い、左手を失い、視力を失い、子供を事故で失うことを想像してほしい。今の状況がとても幸せに感じられるのではないか。

52、内なる成功を目指そう
アメリカのバスケットボール選手ウッデンは「成功とは、最高の自分になるために全力を尽くした後に得られる心の平和の事だ」と述べている。物質的な成功より内面の充実の方が大切である。

江古田新社屋で初の工具展

投稿者:落合智貴
旧本社の初台の時代には秋の工具展を会社近くの渋谷本町区民会館で行っていました。
中野区江古田の新社屋に移ってから初めての工具展は会社の近くに手ごろな会場がなく、検討の結果、会社1階のカウンター前で行うことにしました。
とはいってもスペースは従来より格段に狭くなるため工具メーカー様を2班に分けて11月20,21日の2日間で行うことにしました。
結果的には2日間あることでお客様の日程調整もつきやすく、材料を買いに来られたお客様もその場で展示会を見て頂くことが出来たのでかえってよかったと思いました。
来場者、売上共に過去最高に近い実績を残すことが出来ました。
ご来場・お買い上げいただきました皆様、本当にありがとうございました!!

工具展受付 HIKOKI

パナソニック 商談風景

落合住宅機器の歴史を辿る【平成16年度(2004年度)】

投稿者:落合智貴
楽天とソフトバンクがプロ野球に参入したのがこの年でした。
ネット通販や携帯電話の会社がプロ野球のオーナーになるというのは、日本の産業界の主役が従来の財閥系や老舗メーカーからIT産業など新興企業に移ってきたのを象徴する出来事です。
中小企業のIT化も少しずつ進んで行きました。
1995年の「ウインドウズ95」の発売によりパソコンが身近になってきたこと。
コンピューターの「2000年問題」と言って、1999年から2000年に移行する際にプログラムが誤作動してしまうといった問題もありました。2000年問題の対応は当社にとっては在庫管理のコンピュータ化のきっかけになりました。
手書きが主流であった20世紀から21世紀になるに従い、ITの有効活用をどうするかというのが中小企業においても重要なテーマに据えられるようになったんですね。
当社では2004年にはスタンドアロンで使っていたパソコンを、ネットワークで共有する体制に移行しました。

当時掲げた当社の目標は以下の通りでした。
1、カタログの整備
主要なカタログをファイリングし、社員やお客さまが必要な時にすぐに取り出せるようにすること。
2、仕入価格表(紙ベース)の整備
従来各自でバラバラに保管していた仕入価格の情報を一元化しました。
すぐに最新の価格が調べられるようにしました。
3、LANを活用した販売価格情報の共有
販売管理ソフトをスタンドアロンからネットワークにすることによって、各社員が自分のパソコンから販売価格やお客様の販売実績を簡単に見られるような体制にしました。
4、WEBを活用した仕入先情報の入手
TOTOのテトラシステムのように図面や価格が各自のパソコンから簡単に見られるようなメーカーさんのサービスが増えてきました。これらを活用することで業務が格段に早くなりました。

IT化の推進は業務の標準化にもつながっていきます。
今では当たり前の道具ですが、導入にあたってはいろんな試行錯誤があったことを思い出します。

untitled
(パソコンのない仕事は今では考えられません)