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落合住宅機器の歴史を辿る【平成9年度(1997年度)】

投稿者:落合智貴
平成9年の4月に消費税が3%→5%に上がり、「駆け込み需要」とその反動が大きかったのがこの時代でした。
バブル崩壊後の体力低下によって多くのゼネコンの株価が100円を割り、苦境が目につくようになりました。
上場会社である東海興業・多田建設・大都工業が倒産。
また金融界でも三洋証券・山一証券・北海道拓殖銀行が破綻。
日本経済の低迷を象徴するような年だったと思います。

当社においても売上が下がる一方で、不良債権・不良在庫も財務をかなり圧迫しており、希望の見いだせない時期でした。
この頃の私は社長としての仕事と共に1.5tのトラックで現場配送をする仕事をしていました。とはいっても配送件数が少なく、3台の配送のうち2台で済んでしまう為出動しない日も多かった記憶があります。

配送の仕事をしている最中の平成9年9月2日に病気療養中だった母 落合由里香が自宅で息を引き取ったとの知らせが入りました。51歳の若さでした。
母は昭和21年に落合家の長女として生まれました。当時は会社兼自宅でもありましたので、母は近所の本町小学校にも通っていました。ピアノが得意な三姉妹のお姉さんでした。
父との結婚を機に社長夫人ともなり、バブル当時には業界の海外旅行などにもよく行っていましたので、今でも当時のことを懐かしんで下さる方もいらっしゃいます。
私と弟二人の三人の息子を育て、これから父とゆっくり過ごしたいと思っていたでしょう。
亡くなる2年前、大腸がんであった父 落合隆博の看病の最中に母自身も乳がんであることが分かりました。聖マリアンナ医大病院に父母二人同時に入院している時にも、父の病室にきて世話をするような人でした。父が亡くなった時には自分の手術を延期して父の葬式を出しました。手術後しばらくは落ち着いていたのですが2年後に再発し、再手術をしました。
自宅で過ごしたいとの母の意向もあり、当時大学生だった弟と叔母が自宅で看病してくれて最期を迎えました。
26歳の私と、大学4年で就職活動中だった双子の弟二人はこの時点で両親を亡くすことになりました。


【父の死の2年後にあとを追うように母も亡くなりました】

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