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月別アーカイブ: 11月 2016

落合住宅機器の歴史を辿る【創業~昭和29年度(~1954年度)】

投稿者:落合智貴 戦後、GHQの占領下において、日本の新しい国づくりが進められました。 昭和26年9月8日にサンフランシスコ講和条約が吉田茂首相により調印され、昭和27年4月28日に発効されました。当社が設立されたのはこんな時代背景のころです。    【サンフランシスコ講和条約に署名する吉田茂首相】 当社の創業者であり私の母方の祖父である落合義作は大正2年1月に埼玉県狭山市で生まれました。 狭山の落合家は江戸時代から続く土地持ちで、造園業などを手掛けておりました。 次男であった義作は親からもらった金で東京の初台に土地を買い、そこを住まいとしました。 それが現在の本社となっています。 慶応大学経済学部を卒業後、芳沢機工という鉛工事などにかかわる会社に就職。 戦争では兵隊として中国などに行きました。 復員後、証券会社・通産省化学肥料部・小企業の共同経営などを経て、昭和25年11月に独立。 昭和27年2月19日に ㈱落合鉛工業所 を設立したのが現在の当社です。 自宅を会社とし、最初は少人数でスタートしました。 会社の庭先には社員の住込み寮も作り徐々に社員を増やしていきました。 建場(たてば)という一種の「鉄くず問屋」のようなところに行って鉛を購入し、それを鉛管メーカーで製品に替えてもらい、水道工事業者に販売する。そんなことから商売を始めました。 鉛は相場によって価格が上下する為、相場の読みも大事だったようです。 当時の朝鮮戦争の影響で鉛相場が急騰し、大きく儲けたことが創業時の勢いをつける要因になりました。   【会社発足時の定款と公証人役場の認証書が現在も残っています】

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東管機組合 製販懇談会 2016秋

投稿者:落合智貴 恒例となりました製販懇談会のご報告です。 11月8日にメーカー様9社ご参加のもと開催されました。 ●キッツ バルブの需要は2007年をピークに回復していない。特に中国が不透明。海洋バラスト水の汚染除去事業が注目。キッツとして魚の養殖事業も始める。 ●積水化学工業 2016年1-9月期は貸家が前年比111%と好調。公共工事も106%。塩ビの出荷量は20年間で48万トン→28万トンまで落ち込んでいる。 ●新日鉄住金 石炭の値上げにより、鉄の製品価格の値上げをお願いしている。鋼管事業はほぼ前年並みの推移。 ●リケン 鉄管継手の出荷は2016年1-9月期で前年比99%程度。前々年比では15%ダウン。デベロッパーは建築費高で建築を五輪後に先送りする傾向。ゼネコンは職人は確保できているが、現場管理者が不足気味。 ●TOTO 2016年上期は賃貸は好調で分譲が苦戦。キッチンのクリスタルカウンターが好評で2倍の売り上げ。フラッシュタンク式便器は同時5台使用でも水量が確保できることが実証できた。国の住宅ストック循環支援事業(予算250億円)を活用してほしい。 ●クリナップ キッチン需要はリフォームが伸び悩んでいる。ハウスメーカーは自社施工物件だけでなく、他社施工物件のリフォームにも力を入れている。 ●三菱電機住環境システムズ ルームエアコンは今夏は全国的に伸びたが、関東圏は天候不順のためダウンした。電力全面自由化の影響で、エコキュートの伸びは106%と好調。ZEH(ゼッチ)ビルダー登録制度が公募を開始した。三菱の換気扇やロスナイを活用してほしい。公団の「RH型給湯機一体型レンジフード」の交換対応機種に注力。 ●テラル 平成28年4-8月のポンプ出荷は前年比95%。送風機は77%。ただし増圧ポンプは103%と堅調であった。 ●フネンアクロス 耐火二層管は前年比95%で低調。ただし遮音シート付商品は前年比150%で伸びている。プレカット加工はリピーターも増えてきており好調。現場では少スペースのニーズが高く、ショートエルボのラインアップを増やした。

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トランプ米大統領誕生による世界の変化は?

投稿者:落合智貴 世界の予想を覆す民意が、イギリスのEU離脱に続きアメリカでも示されました。 米大統領選は優勢と伝えられていたヒラリー・クリントンを破り、ドナルド・トランプが勝利しました。 今後世界がどのように変わっていくのだろうか?と不安に思われる方も多いと思います。 変化を嫌うのが人間の本能だと思うのですが、アメリカの抱える閉塞感は我々日本人が想像する以上に大きかったのだと思います。アメリカは大きな変化を求めました。 個人の幸せがあっての国の繁栄であるというのが民主主義の本質だと思います。 独裁国家の様に一部の特権階級だけが利益を独占するのは多くの人を不幸にします。 民意が自分たちの幸せのために決断をする。 一人一人の決断が世界を変えることを実感できる選挙でした。 トランプ大統領の誕生によって、世界秩序の「当たり前」が変わるかもしれません。 軍事秩序はアメリカ中心ではなくなるのか? 貿易は自由主義から保護主義に変わっていくのか? 人種差別への配慮はなくなっていくのか? 力の均衡が崩れるときに新たな覇者が現れることもあります。 中国やロシアがどんなことを考えているのかも注目点です。 イアン・ブレマーが唱えた「Gゼロの世界」がいよいよ現実のものになったのか? 世界情勢から目が離せなくなりました。

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落合住宅機器の歴史を辿る【昭和30~33年度(1955~1958年度)】

投稿者:落合智貴 昭和28年の12月に㈱落合鉛工業所(おちあいなまりこうぎょうしょ)から落合鉛工㈱(おちあいえんこう)に社名変更し、以来昭和45年3月まで16年半の間この社名を名乗っていました。 今では鉛は人体によくないということで、給水管には使われていませんが、当時の水道管は給水・排水共に鉛管が主流でした。 現在では管工機材という言葉であらゆる水回り商材を総合的に扱う販売形態が主流になっています。 しかし昭和20年代当時は鉛管屋、鉄管屋、バルブ屋、水栓屋、ポンプ屋の様に専業店に近い形が多く、販売店のお互いで商品を売り買いしていたようです。 販売の資格が東京都水道局より与えられ、当社も鉛管をスタートに各種指定販売店の資格を取りました。 昭和30年7月 東京都水道局指定鉛管販売店 昭和31年1月 東京都水道局指定銅管・ビニール管販売店 昭和31年4月 鉄管・継手類、バルブコック販売開始 昭和32年5月 水栓器具類及付属品販売開始 水道局に商品を持っていき、商品に認定の刻印を打ってもらうという仕事もあったそうです。 当時の車はオート三輪。 パイプを積むと車がひっくり返ることもあったそうです。 戦後の混乱から少し落ち着き、給水や排水のインフラを早く整えなければならない。 そんな時代の中で、現場に重たい鉛管や水道資材を運ぶ仕事は肉体労働の大変な仕事だったでしょう。 鉛管の専業販売店から管工機材の総合販売店へ移行し、売上を拡大していく。 それが当時の経営課題だったのだと思います。      【昭和30年代の日本】

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